2025年10月31日

ウサジイの公演日記#1154

名古屋市内の幼稚園で「ともだちや」の公演。ジイたち・おさんぽ劇場は10年ぶりの園。母体である教会はすっかりリニューアルされ、近代的な姿になっていた。が、園舎は懐かしいままの佇まい。内装は全て木造で、廊下の壁は漆喰の白が映えている。市の中心部=熱田神宮にほど近い場所なのに、かなり広い園庭。大きな木がそびえ、周りには小さな畑もある。子どもにとって最高の環境としか言いようがない。
さて仕込んでいると、ポツリポツリ と登園が始まる。各自、上着を丁寧にたたんでロッカーに入れる。被ってきた麦わら帽子がカラフルなので「洒落てるなぁ」→先生「自分で塗ったんです。お気に入りで、秋になってもずっと被ってるんです」…見ると、確かにマジックインキで塗ってある。マイ帽子は手放せないんでしょうね。…そのうち舞台近くに子たちが集まる。各教室の間が引き戸になっており、それが開いてるため丸見えなのです。「この線から入っちゃダメだよ」「空中だったら良い?」〜これは定番、廃れないものだなぁ〜 仕込み終わり体操を始めると、その子たちも真似て体を動かす。嬉しくて仕方がない様子だ。時季外れの蚊を見つけ「ぶ〜〜ん、チクッ!」と蚊のマネをすると、その子たちも真似る。と云うか、蚊の様に飛び回っては「チクッ!」と攻撃してくる。中々に想像力があるなぁ、なんて感じていた。
その子たちに限らず皆元気に遊んでいたので「こりゃスゴイ反応だろう」と思っていたら、拍子抜けするくらい集中、静かに観ている。メリハリある子たちだ。…終演後、その事を先生に伝える。遊び方も「創造的ですね」と話すと、先生「どうしてもダメなこと以外は、なるべく自由にしています。自分の力で行動できないと、大きくなってから困りますから」…いやぁ、実に素晴らしい子育てをしている!でも、アレコレシテイル(教育的なプログラムを)園に子どもが流れ、園児が減っているそうだ。ん〜〜なんとかならないものか。
posted by むすび座メンバー at 19:40| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年10月30日

ぶぶふぉと・・・出雲

DSC_1587.jpg

この子たち、大国主さんに助けてもらったんだって。
ボクも暖かいファーが欲しいな。

※ そんな季節の「出雲大社」
境内には、兎の石像がココソコに
posted by むすび座メンバー at 18:58| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年10月11日

ウサジイの公演日記#1153

故あってこの間、公演活動から離れる期間が多かった。数ヵ月ぶりの「ももん&カミナリ」は、松本市の劇場公演。劇団は年何度かの松本市幼保巡演をしているが、おさんぽ劇場は少々ご無沙汰感もあったりで…久しぶりのマツモト(?) という訳で公演前日・移動日、長年幼保公演の際にお世話になったIN女史(元保育士・人形劇団主宰)に会いに行く。ご挨拶だけのつもりだったのに、豪華な茶菓の準備がされており、結局2時間近くの茶話会。というか、こちらはほぼ聞き手だったんですが…。最後には「互いに歳とったねぇ」みたいな話になったりで、お暇しました。
さて翌日の劇場例会。会場には既に劇場スタッフが待ち構えており、アッという間に搬入完了。…の中に<どこかでお会いしたゾ>と感じる方がひとり。<似た人っているからね>と思っていたら「もう忘れられたかも知れませんが…」と話しかけられる。聞けば、香川県にあった人形劇学校・パペットアークの卒業生。うんうん、確かにお会いしてました!もう20年近く経っているのに、しっかりと思い出しました。卒業後、様々あって故郷に帰り、子どもの文化をと劇場活動に加わったらしい。嬉しい再会でした。
客席は50名程だったが、前列の子たちが会場を盛り上げてくれた。開場〜開演までのプレパフォーマンスで仲良くなっていたからかな?2歳さんの二人は、ももんちゃんよろしく飛び上がったり寝転んだり。1歳に満たない子も指差ししたりで、後列・ベテラン会員さんに受けていた。その子はお父さんが見守っていたのだが、お母さんの方は舞台に釘付けで終始ニコニコしていた。あんまり嬉しそうだったので、終演後「ありがとうございました」…すると彼女、宮崎県・都城の劇場っ子だという。しかもお母さんは事務局。数年前に「ともだちや」でお世話になっていました。
それから人形劇をやっている方も。いや知る人ぞ知るT氏ではなく、彼と組むことになった方なんですが、よもやま話をしながらバラシを手伝ってもらいました。T氏に「是非観ておけ」と云われたとのこと。…いや、これまた、ありがとうございました。
posted by むすび座メンバー at 15:14| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年10月10日

ウサジイの公演日記#1152

【ウサジイ昔ばなし】〈153〉・・・会館
先日、名古屋港水族館に行った。手前に地下鉄・名港線の駅があり、ふと「港湾会館」を思い出した。駅のすぐ横にあったような気がして眺めると、クリーム色の集合住宅が建っている。会館の外観は、海を思わせるような青(タイルか?)だったと記憶している。劇団も何度か公演したのであろうが、ジイの記憶は1990年代前半「西遊記」初期に公演した時のモノ。上演後の昼食会、脚本でお世話になった多田徹氏(劇団風の子・故人)より賛辞を頂いたことを覚えている。(名古屋港管理組合により、1971年開館、閉館年不明。現会館=ホール機能は無い)
そこから、今は無きホールに想いが広がる。「愛知文化講堂」(1958〜92年、跡地はオアシス21)一度だけ、恐らく「石の馬」を上演した。格式あるホールだと勝手に思い込んでいたが、ホールスタッフが親切で拍子抜けした記憶がある。「愛知県勤労会館」(1970〜2010年・鶴舞公園南)ジイが舞台に立った記憶はないが、観る側では何度も通った。名古屋おやこ劇場の例会でも利用されていて、プーク・ひとみ座・風の子九州などを覚えている。そして零細劇団には縁遠かった「厚生年金会館」(池下)も、2000年代に入り役目を終える。
間もなく閉館する「名古屋市民会館」(1972年〜)では、中ホールで「西遊記」シリーズを上演。ここは客席の傾斜が少ないことに加え、通路が客席床面より若干低い。筋斗雲を投げるには厳しい環境だった。(劇団の公演じゃないが、ジイは大ホールに立ったこともある。作品の音楽スタッフであったK氏の企画に花を添えるため「ハンドマイム」を上演)なお「西遊記」は、健在な「名古屋市教育センター」「名古屋市公会堂」等でも公演した。いずれも会場回り・筋斗雲で苦労した記憶が鮮明だ。
余談だが、「芸術創造センター」はジイが入団して間もない頃に開館した。建設にあたっては、文化関係を中心に構成する「市民のための会場を考える会」も大いに意見を述べたらしい。芸創に続くように、各区に文化小劇場が開館してゆく。1980年代「石の馬」の頃、広島市での子ども劇場公演は各区の中ホール。区ごとにホールがある状況を羨んだが、名古屋も頑張ってくれました。(が、近隣の自治体に比べると、もう少し何とかならないの?と思う部分もあったりして・・・)
posted by むすび座メンバー at 17:47| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年09月05日

ウサジイの公演日記#1151

【ウサジイ昔ばなし】〈152〉・・・とめがね とか
チョイとブログを読み返す機会があり、〈88〉靴箱から広がった記憶 ⇒ ジイが小学校等で公演していた頃(80年代後半〜90年代前半)、班のメンバーは5〜6歳と離れていない者ばかりだった。しかも20〜30歳台だった訳で、「靴箱の刑」などと云うオフザケ(?)も横行した。で、思い出したのは「とめがね」(=舞台を組む際にパーツを接合する金具、通常クランプなどと呼ばれる。劇団では鉄工所に特注)の件。
小学校公演では、学校側が空き教室を楽屋として提供してくれる。が、男子グループは体育館⇔楽屋の移動が面倒で、舞台袖で着替えることも多かった。止め金が活躍したのは、真冬の体育館。震えながら着替えていると、いきなり背中にベチャ〜…「ヒェ〜‼‼」5o厚の鉄板で作られたそれは、キンキンに冷えているわけで、飛び上がるほどの冷たさ。…これが毎度となれば、気を付けていれば回避できそうなものだが、そこは互いに策を練る。予め止め金を隠し置き、着替えると見せかけての攻撃等々…。(こりゃ、公演先の小学生…それも低学年レベルですなぁ) ところで楽屋は男女別に用意されているのだが…舞台がハネて着替えに戻る途中、芝居の出来に関して喧々諤々。楽屋に戻っても話に夢中…衣装を脱いでいると、「あ〜!何やっとんの、私!」話題に熱中するあまり男子部屋に紛れ込んでしまった某女史、慌てて走り去るのでした。まぁ、それほど作品に対して真摯に向き合っていたのでしょうね(?)
開演前にドッキリを仕掛けたことも…。1,980年代半ば「石の馬」、ジイは太陽仙人役。人形ではなく、アルミ線等で骨組み・衣装を着せた体+径30p余・高さ50p程の被り物=「中国風老人ゆるキャラ」の様ないでたちでした。それが出番=後半までは舞台袖に置かれている。ある日ふと思い立ち、開演前にそれを着てみる。そのまま座ると、いかにも置かれているように見える。やがて一人二人とやって来るメンバー。タイミングを図り、手をピクッ・体ごとゴテン。思いのほか喜んで(=驚いて)くれました。(待っている間は実に退屈でしたが…)
posted by むすび座メンバー at 17:36| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年08月25日

ぶぶふぉと・・・劇団2025夏+

DSC_1565.jpg

ねぇ、ボクも連れでってョ〜

※ ベイビーシアター「ピックニックにぴったり!」は
もうすぐ韓国公演へ
posted by むすび座メンバー at 19:54| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年08月20日

ぶぶふぉと・・・劇団2025夏

DSC_1564.jpg

楽しそうだから…
ねぇドロシー、ついてって良い?

※ 「オズの魔法つかい」は
役者2名の入替え稽古中。
posted by むすび座メンバー at 17:14| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年08月15日

ウサジイの公演日記#1150

【ウサジイ昔ばなし】〈151〉・・・水
最近、個人的に白湯にはまっている。浄水器の水道水を煮沸して冷ますのだが、夏場はレンジ付近にいると暑い。そこで2〜3年前に購入した保存水を飲むことにする。その2Lペットボトルを眺め、30年近く前(西遊記シリーズの頃)の劇場公演を思い出した。そもそも、何時頃からペットボトル飲料は普及したのか?とにかく40余年前・ジイ入団時には見かけなかった。幼保・小学校公演では、当り前のように水道水を飲んでいた。近頃は水筒持参の幼児・学童に「あ〜、ミズ飲んでる〜」と囃される始末。「あぁ飲んでるよ、飲める水だからね」と応えると、不思議そうな彼ら。(時代を感じる)
初見ではないにしろ、印象的なペットボトルの記憶。おそらく1980年代後半「石の馬」大阪の劇場公演、楽屋前に給茶セットと共に水・2Lボトルが鎮座していた。ありがちな清涼飲料ではなく。ジイ達「高価なお茶になりそうだな」すると劇場の役員さん「大阪は琵琶湖の水でしょ。美味しいお茶を吞んで貰わなくちゃ」有難くも驚きの言葉が返ってきた。…それから30余年、これがスタンダードになりました。
その数年後、「西遊記」の頃。季節的に幼保班公演をする時期があり、譚志遠さん(日本の人形劇研究のため来日・劇団客員)にも観てもらおうと、共に浜松の幼稚園へ。手ぶらで来た彼の喉の渇きが気になり、コンビニに寄る。来日間もない彼のために、良かろうと思って烏龍茶を選択。が、一口飲むと「これ、何よ?」「烏龍茶!」「・・・」…彼曰く、まったくの別物とのことでした。
1990年に差し掛かる頃にはペット普及が進み、汗かく量が半端ではない小学校作品では、2Lペットが活躍し始める。体育館での上演が終わり着替える段になると、衣装はもちろん下着もビチャビチャ。予備のパンツを履き、汗だらけのパンツを放り投げると(ドサッ)と音がする始末。そこで2L登場となるが、劇場公演はそこまで暑くないため、飲み残しがでる。翌日も、同じペット片手にホール入り。しかし、よくよく見るとお茶に濁り…何かモワモワしたモノが揺れている。が、若かったジイ達は一気飲み。
余談:ジイ幼少の頃、購入する飲料はジュースか牛乳。初めてお茶を買った記憶…故郷・信州伊那谷・萱野高原のレストハウス的な施設。山頂ゆえか水が貴重だったんだろう、湯飲み一杯のお茶が…5円だったかなぁ?驚きというか、価値観がひっくり返った。
posted by むすび座メンバー at 07:03| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年08月08日

ウサジイの公演日記#1149

【ウサジイ昔ばなし】〈150〉・・・トンネル(とか)
下呂市の幼保巡演に向かう途上、中津川市・旧付知町から旧加子母村へぬける賽神トンネルに出会う。何度も走っているルートだが、トンネルに差し掛かった際に上の方に目がゆく。お…まだ残っている、旧い時代のトンネルが!ジイが入団した頃は道幅がかなり狭く、今より50mほど登った所に今より狭い隧道があった。冬場は凍結に気を付けねばならない難所でもあった。…から、トンネルの思い出が湧き。
☆三重県南部・大紀町のR41沿から錦集落へ抜ける道。今は立派な道路で、錦望トンネルを抜ける山越えになっている。が、これまた入団の頃開通しておらず、センターラインも無いガタゴト道。稜線を越えると、カーブ毎に「あとカーブ@@」と残数が書かれた看板が立っていた。総数は50をはるかに超えていた気がする。☆岐阜市・鶯谷トンネル。岐阜城を擁する金華山南麓を抜け、市中心部へのショートカット・ルートだ。近年の劇団員利用率は不明だが、ジイは入団時からお気に入り。利用者はそれなりにいるのに、暗〜いジメジメした設備を改善する兆しもない。…そのうち老朽化で閉鎖だろうか?☆ご存知・中央道恵那山トンネル。上下線開通したのは、何時頃だったんだろう?その昔は一本しか通っておらず、中央にポールの立つ対面通行だった。当然、制限速度は5〜60km。が、手前までは二車線あり、合流点を先頭に渋滞が発生する。人形劇カーニバル飯田へ向かう時期は夏休み。大渋滞+トンネル内もノロノロで…抜けた信州の空が格別だった。☆トンネルじゃないけど…アンダーパス。名古屋市西部を流れる庄内川の堤防道路には、交差する道路との混雑を避けるため、橋の下を潜るルートがある。一宮方面から劇団に帰る際、今では名古屋高速だが、昔はR22〜堤防〜R23が最速。景観もよく楽しい道路です。…で、その横を流れる新川にも同じモノがあって。小学校公演班の頃、橋詰の赤信号を避けるため、ワゴン車はアンダーでパスする。ジイ運転のトラックも続こうと…ダメだ‼橋桁に「高さ2.5m」の表示が!危うく器物損壊となるところでした。
posted by むすび座メンバー at 07:14| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年07月07日

ウサジイの公演日記#1148

名古屋市の東隣・長久手市のおやこ劇場さんで「ももん&カミナリ」。ご近所だが、地元では幼保公演も多いためか久しぶりの公演。搬入時からテキパキ〜客席設定も、会員数・年齢層などを話し合いながら調整してくださる。この段階で〈会場整理は大丈夫だな〉と思わせてくれる。楽屋となる部屋には、壁に「ももん」塗り絵のオンパレード。事前で取り組んだようだ。天井には紙製の雨雲+雷がいくつも吊るされている。が…あいにくエアコンの風をもろに受けてしまい、在室中に落雷が二度ほど起こった。
さて上演…「ももん」最中、舞台前にトコトコやって来る子が何人か。打合せ時に「前を歩く位は許容範囲ですよ」と伝えてあったので、来ては立止り帰って行く子もいて、むしろ会場を和ませてくれる。後半・ももん頭ゴチッ!で涙〜蝶がやって来る場面、客席前方の小さな子が教えてくれる。「(蝶が)大丈夫だよって言ってるよ!」…ありがとうね。その「ももん」では茶々を入れていた小学生・男子集団、「カミナリ」になってもテンションが高い。が、後半・ゴロちゃん蓄音機破壊の場面。爺さんが惨状に気付くや否や「直るよなぁ」「ウン、直る直る」自問自答する子、友人に確認する子。これから起こるであろう爺さんの怒りを回避したい気分に包まれていた。…終演後の役員さん達、そんな声が愛おしいと思う話題で盛り上がっていた。
ところでこの日、ナントこの作品4回目だという方に逢う。(方と云うか、まぁ友人なのですが)で「この絵本、以前サインしてもらったんですが、@@ちゃんへと書き足してくれませんか」6年ほど前に上の子のために描いたのだが、今では下の子用になった絵本「どんどこももんちゃん」書き足して、皆で記念写真。その方「何度観ても感動します。今日は人参を抜くところで涙が出て…」と、超嬉しい言葉。・・観る側の集中力はスゴイ!どんな些細な言動も意味を持って伝わるんだと、改めて思い知らされました。
posted by むすび座メンバー at 14:24| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする