【おさんぽの日々】G・・・ヤンチャ&コンポン続
一方「ヤンチャメッチャブー」の構想は、作品検討に入る半年以上前からあった…んじゃないかな?・・おさんぽメンバーの若かりし頃、幼児作品は各班が毎年仕込んでいた。一本はストーリー物で、多分に丹下演出。もう一本は見立て遊び的な作品で、班員の集団創造。そんな経験が作用したのか?いわゆるアソビモノを創ろうと(…この辺り推測)なった。断っておくが、ジイはアソビモノと云う呼称が好きではない。演じる行為には、必ず遊びの要素があるじゃないか。遊び=オモシロオカシイではない!と考えている。それはさておき「人形ではないモノを何かに見立てる」式の作品=(モノにキャラを持たせる自体はOKだが)「これなぁに?」的なやり方に関して疑問を抱いていた。その辺りの考えでメンバーに一致点があり「モノを使っての表現ならナンデモアリ」をやってみよう!となった。人形劇の範疇かどうか?は考えずに創ってみることにした。
このような話をしたのは大抵、公演帰りの車の中。少しづつ具体化していったのも、同様。仕込み期間に入るまでの1年間ほど、思い出したように雑談を繰り返していた。集中した・真剣なミーティングに比べて、話の膨らみ方が違うのです。ひとつのアイディアを切っ掛けに、妄想がムクムクと湧いてくる。雑談だと責任感が希薄って云うのか、荒唐無稽な発想が口を突いて出る。無論ほとんどは、実際には使えないアイディアばかり。しかし、このようなやり取り=無駄の蓄積が、作品制作に入ってから役立つことになる。(そう云えば、ココはアレを使えるねぇ…などと)
それからもう一つ。公演先の園で出会う子ども達(の行動など)について、やはり車中であれこれ話した。これは以前からの習性なので、作品制作のためなのか?判らないが…結果、作品を創る上で不可欠な要素となった。創造活動はナンデモアリ!で始まったのだが、表現するジイ達の前にいるのは子ども達。そこに向けて発信する以上、彼ら側の理解・共感は必須。気が付けば、作品について「子どもの日常を切り取ったような内容だ」と言っていた。観た方のイメージはさて置き、作り手はそんな想いで演じていたのです。(もう少し…次回は内容に)

