【おさんぽの日々】D・・・お城&ケンムン
なぜ、この作品なのか?(ジイ側の記憶では)ジイがケンムンになりたかった、です。「ゆいとケンムン」は、何年か前に提出された候補作品。その企画説明書に妖怪のイラストが描かれていた。丸い奴・長い奴、どんな形にも自在に変化するケンムン。そんな奴になりたくて、そんな人形を遣いたくて…内容は二の次で、レパにと推した。メンバーCちゃん・作&演出Aちゃんが快諾してくれ、夏の終わりから作品創りが始まった。誰が言うともなく、「一日2時間以上は稽古をしない」が合言葉となる。人形・道具作りと稽古が並行しているため、自然とそうなったのだろうが…仕込みメンバーは奄美民謡を聴きながら〈南の島のお芝居やるなら、のんびり構えなきゃ〉と悦に入っていた。
かくして出来あがった作品。人形は、ゆい3体・ケンムン5体もいるのに、道具類が極めて少ない。初演では団扇+テープで雨を表現していた嵐の場面⇒効果音+セット揺らし+ゆいのリアクションでイメージしてください、とカット。舞台転換も、オバアが出れば家、端に去ればガジュマルの森となる。他に場を説明するモノはない。…後に「スカスカ理論」と名付けられる様式。観る側の想像力を信頼する(いや、に寄りかかる?)作品になった。制作している時は夢中で、客観的には考えられなかったのですが…。
唯一、芭蕉布の着物を縫うオバアの道具は精密に作られていた。それで作業するオバアは、左右どちらの手も使う必要がある。ということは胴串も、左右で持ち替えねばならない。そんな理由もあり、胴串を長めにする。ハメ殺しになりかねないツマカワは付けず、人形の腕〜手先様々な部分を持って作業させた。結果、モノを持つ際には難もあるが、多様な遣い方ができる利点が勝った。(伝わり辛い説明しかできず、ゴメンナサイ)…この時の人形構造・遣い方が、カミナリの爺さん・オオカミさんへと継承されることになる。
さてケンムンに惹かれて創ったお芝居ですが…出会い・嵐と起伏はあるものの、主人公の成長は特にない。南の島に住む少女・ゆいが描いた絵日記のような感じ。ラスト=祭りの踊りで盛り上がるけれど、演じていて〈想いを届けた感〉がない。これには、かなり長い間不安を感じていた。劇団内の合評会や観た方の感想を聞き、少しづつ除かれて行ったが、今思い出しても不思議なお話でした。

