2025年06月25日

ウサジイの公演日記#1146

【ウサジイ昔ばなし】〈148〉・・・アレコレ続
その頃は地元の小学校公演も、それなりにオファーがあった。けれど子ども・おやこ劇場公演が増えると、地元と疎遠になる。そうした時期を経ると、劇場公演が減っても小学校との繋がりを回復するのに時間がかかった。大きな教訓として残っている。
ところで劇場公演…旅公演先の休日というと、楽しげな響きがある。確かにジイも、様々な所を訪ねて色んな経験をしている。が、それが難しいケースもあった。今では「この休日だけど、どこで泊まる?」と調整もするが、当時は公演地に留まっての宿泊が当り前。一日をどう過ごすか?考え込む土地もあった。(頑張れば遠出もできたんでしょうが…)例えば、紀伊半島南端の串本町:今考えれば風光明媚な橋杭岩・潮岬を控えているのに、紀勢本線駅近くを散歩していたような。徳島県・吉野川沿いの池田町:山と谷を望む旅館で、当時出始めたゲームボーイ1台をシェアして時間を潰したような。いずれも断片的な、薄っすらとした記憶です。それから道東・網走:博物館網走監獄や海岸に行った記憶はない。あるのは、駅前の商店街。平日昼間ゆえ市民の姿は少なく、ここそこで出会う班のメンバー。何度も出会い、バツの悪い気分だった。
一方、さすがにアクティブだった沖縄:取分け初回「石の馬」は、役者=飛行機で往復・トラック=船便で、公演前後に2日づつ空き日が出る。(荷物が無くては地元公演もできないが、早めのノリは贅沢だったなぁ)到着した日に宿入りすると、ホテルのオーナーがワゴン車を貸してくれる。劇団への配慮だったのか?その車でメンバー一同、那覇近隣を観光する。当時県内には那覇の他、浦添・沖縄市にも劇場があり3公演終了。丸一日空いた日、ジイはレンタバイク・ツアー。(確か¥2000/12時間ほど?)砂浜があったら泳ぐつもりで、海パンにTシャツ姿で原付にまたがり、那覇〜南部を回った。帰り着く頃、道なりに走っていると目の前にゲートが見える。近づくと米兵が現れ、(優しく)止められた。ん〜、銃は持ていたような…。  ※…もうチョットつづく。
posted by むすび座メンバー at 11:41| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする