2025年03月20日

ウサジイの公演日記#1123

今年度のラスト幼保公演は、安城市で「ももん&カミナリ」 なんとコロナ前、6年前に同じ作品でうかがっている。園到着がやや早く、登園のタイミングを計ってからの搬入。チョットややこしい経路だったが、先生方のお手伝いではかどる。園舎の構造上、仕込み中の舞台を通過しなければならない先生方も多く、まぁそれはそれで譲り合いながらの作業となる。ところで当日の公演は、「ももん」=0〜2歳さん+地域の未就園児・「カミナリ」=3〜5歳児+もっと観たい未就園親子、という流れ。
「ももん」は開演10分ほど前からの入場。例によってウェルカム人形のワンワンとの遊びが楽しい子たち。その時点からクラスの座席などお構いなしで立ち歩く子もいた。開演すると前列中央に立つ男の子・2歳前(?)が、何やら真剣に発言している。内容はジイ達に理解不能なんだが、とにかく一生懸命に伝えようとしてくれている。おかげで後ろの子達は舞台が見えない。けれど不満を言うでもなく、先生方も制するでもなく、しばらく続いた。確かにマナー違反ではあるが、客席側で調整できれば問題ナシ…と、ジイは思っている。もちろん彼は、やがて座った。 危ない子もいた。やはり2歳になったばかり程の子、後列から走り出し客席前へ。そこで止まらず、ステージに差し掛かる!と云ったところで先生に捕獲された。危ない子だけはちゃ〜んと対応してくれる、ありがたい園です。
後半「カミナリ」は年長児グループ。外遊びから帰って、客席横で手洗いの後に着席…のはずだが、舞台が気になって見とれている子もいる。ジイ「はい、水筒置いて、手を洗って!」その子・Rちゃんは「…ニコニコ…」嬉しそうにするだけで、行動せず。さすがに先生に怒られていたが、お芝居が始まると一番受けていた。前半はとにかく笑う笑う笑う。セリフのタイミングを図りながら<こりゃ長くなるかな?>しかし蓄音機が壊れると、会場は驚くほど静かに。なるほど、そんな失敗経験も多い子たちなんだろうなぁ。だから事の行く先が心配だったのかな?
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2025年03月19日

ぶぶふぉと・・・残雪

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春先にチョット「冷たっ!」
※ 岐阜県・郡上白鳥の公演先で
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2025年03月16日

ウサジイの公演日記#1122

瀬戸市の保育園で「ももん&カミナリ」を公演。この園では、昨年も同作品を上演…というのも、超狭いスペースでの公演ゆえ、上演可能な作品が限定されるのです。最初は一昨年の「ぐるんぱ」。オファーがあったが超狭いとのお話で、会場を下見に行く。近年開設の園は、立地の制約でいわゆる遊戯室のない所も多い。保育室を二部屋つなげて会場にする場合もある。が、その園には遊戯室的な部屋はあるのだが、かなり厳しい状況だった。図を使わねば説明しづらいんだが、一口で言えば間口2間のステージで上演することになる。(通常は3間強が必要)…上手のみ奥行き50pの押入れ的な空間があり、他は逃げ込みはない。下見時に20〜30分程考えて「やります」の返事。(「出来ます」ではなく)かくして「ぐるんぱ」では、見送る仲間の象たちは壁沿いの棚に飾り置く。出会うお店屋さん達も見え隠れしたところから始まる様な公演でした。
今年は昨年に続いての作品だったので、まぁまぁ順調に舞台を仕込めた。間口が必要な「カミナリ」の畑の場面だけは確認する。爺さんの登場も、通常下手からを上手からの舞台横切りルートに変える。油断していたのは立ちモノの「雲」開演と共に立ち上げるのだが、天井にゴツンしてしまい、慌てて下げたままの状態での上演になった。恐らく昨年はチェックしてたのに、甘くみてました…反省。
さて上演は…「ももん」開演のベルに対して、最年長2歳クラス(ほとんどの子は3歳ですが)の子達が「あれ?あれっ?」と反応してくれ、それを切っ掛けに笑いが巻き起こる。会場中ほどの男の子が異常な喜びをみせ、それを見た保育士さんが大笑い。後から聞くと、その子は笑い過ぎてよだれを垂らしていたという。「カミナリ」になると、さすがに笑いだけではなくジッと見入るのだが…1歳になったばかりの子も55分間ズ〜ッと観ていてくれた。彼らとしては、舞台鑑賞=この世界を理解する学習の場なのでしょう。
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2025年03月04日

ウサジイの公演日記#1121

「ももん&カミナリ」は和歌山市へ。実はこの作品、初演の頃に紀の川中流・和歌山県・かつらぎ町へ伺っており、その時に和歌山市の子ども劇場の方が観にいらした。何年かかけて上演がかなったという訳です。…そういえば和歌山県、市には「101ちゃん」で来た思い出はある。が、1980年頃「西遊記シリーズ」時代に南部・田辺と紀伊半島南端・古座川の劇場には来たが、市の思い出が残ってない。ん〜、どういう事だろう?
前ノリは、名阪道を西進〜阪和道南下で4時間ほどの行程。そして翌日、小雨の中搬入〜仕込み終わり、上演の打合せ。大人に混じって6歳・女の子が一人。いきなり彼女「ねぇ、オジサン。遊ぼ!」…いやいや、これから打合せなんです。その子はその後も自由奔放。モギリの係だと云うのに、会場に入ったり出たり。すっかり「知合い」感でジイ達に接してくる。嬉しさ半分、危うさ半分でした。
開演すると、最前列の2歳前位の女の子がトコトコ…。客席と舞台の間を歩いたり、寝転んだり、お芝居を観たり。彼女なりに楽しんでいるようでした。が、お母さんはアタフタ。彼女を捕まえ客席に戻すのだが、しばらくするとまたトコトコ。ジイ達のとっては邪魔にならないのだから問題なしなのですが、お母さんは冷や汗で、最後には捕まえて客席横に避難しました。う〜ん、もう少し自由でも良かったんですけどねぇ。
「カミナリ」後半・爺さんの蓄音機が壊れてしまうと、会場はシーンとなる。子ども達が「ヤバッ!」っと思うからです。でもこの日は、しばらくすると泣き声が!客席を眺めると、小学校中学年程の男の子、何かしらの障害を持っているらしい。その子が大泣きしている。お母さんになだめられ、泣き止むこともあるが、しばらくするとまた泣き始める。…爺さんと雷ゴロちゃんが再会すると、さすがに泣き止んでくれた。終演後、お母さんに聞くと、蓄音機が壊れてパニックになったとのこと。しかし彼の泣き声は悲しみに満ちていて、爺さんに寄り添ってくれていたように思えた。…ありがとね。そして、今日のお芝居を忘れないでね。
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2025年02月26日

ウサジイの公演日記#1120

【ウサジイ昔ばなし】〈131〉・・・市井の劇団員
劇団は、かつて大根山にあった。付近には数軒の民家があり、かなり濃密な近所付き合いがあった。道路(名二環)新設の影響で「集落・大根山」は離散し、劇団は川添に来た。周囲は工場が多く、民家は遠く、近所付き合いは少ない。ジイ達は変わらず緑区に暮らしているが、「劇団がある」といった認識は薄い。関心のある方は知ってるが、そうでもない方には「どうでも良い事」なんです。…そんな劇団員の旅先での話。
鹿児島県子ども芸術祭典の「コンポン」奄美コース・2010年代中盤:喜界島からフェリーに乗り鹿児島港へ帰って来た。タラップを降りる頃に、同乗のご婦人に問いかけられる。「あのぅ、一週間ほど前に徳之島に居ませんでしたか?」「はい、居ましたが…」話を聞くと、徳之島二日目・亀津のスーパーで昼食をゲットしたあと歩いている姿を目撃されたらしい。島にしては奇抜な服装をしていた為、覚えていたとのこと。(そのシーズンは、アシンメトリーな色と形のトレーナーを着ていました)…しかも、その方は名古屋からの観光中で、少し前にジイが入った日進市の和食処のオーナー夫人だったんです!
ジイ30歳代の子ども劇場「悟空」北海道コース・1980年代後半:その頃は、北海道だけでも2〜3週間のツアーがあった。(東北から青函フェリーで函館も)…で、オホーツク側を南下し網走での公演に向かう途中。多分道の駅的なところだったと思う、突然話しかけられた。「すみません。昨日、稚内でたい焼きを食べていませんでしたか?」「あ、はい。食べてました、歩きながら」稚内南東の猿払村だけでも100qほどあるから、恐らく稚内からは200〜300q離れた場所での会話です。「北海道は広いなぁ」と思うとともに、「北海道、人が少ないから目立つなぁ」と思うヒトコマでした。
あと…「石の馬」の頃、島原市のホールに車を置いて昼食に向かうメンバー。交差点に差し掛かり信号待ち。すると道行く方から「少々道を尋ねたいんですが…」ジイ達は少々貧相な格好だったと思いますが、普段着らしさが地元民と思われたのでしょうか?たまたま知っている場所だったので、教えて差し上げました。
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2025年02月18日

ウサジイの公演日記#1119

【ウサジイ昔ばなし】〈130〉・・・初の初演
最近ジイは、在団45年目に入った。入団した時分には、その後どの様な劇団活動をするか?など考えるべくもなかった。有難いことに、ジイの立ち位置や劇団の状況により、65歳定年後も4年間舞台に立てている。(定年はジイが運営委員長時代に、2代目代表の寛ちゃんの要望で決定した)さて、入団前後の話はしたが、直後の話をしましょう。
1月末に入団した直後は、「こぎつねコンとこだぬきポン」の舞台(テーブルケコミ)づくり。当時の幼保2班が合同で、「名古屋市子どものための巡回劇場」のために仕込んだ作品。テンヤワンヤで創ったため、オフィス用の長机代用で上演していた。それを上面を傾斜させた(専門用語では「八百屋」)組み立て式にせよ!との命が下る。何の指導もなく「作れ!」と言われる。…とにかく考え考え、ノミでホゾを穿ち…何とか一週間で作り上げた。今考えると、かなり稚拙な作りであった。
そんな日々、公演班が帰ってくると「むすび座ミュージカル」の稽古が始まる。2ヶ月後に上演する企画なのだ。ギリセーフの入団タイミングで「お前も舞台に立て」と言われる。夕食後、7時頃からイレギュラーな公演を目指しての稽古が始まるのでした。この企画、劇団の作品音楽を一手に引き受けてくださっていたK氏の発案。当時のスタッフ陣は、どの方も自分の劇団の様に思っていたようです。…で3月下旬、今はなき名演小劇場において「むすび座ミュージカル・まずはパートワン」の上演と相成りました。(パート2はありませんでした)因みにこの公演の当日パンフレット、半分はジイが作りました。ま、みんな数歳しか違わない仲間だったから。
そして劇団レパ作品の初演は・・・「友達になれるかな」作・演出/イレーシュ・アティラと、「三匹のこぶた」作・演出/丹下進、音楽/熊谷賢一。「友達」は動物たちが登場するオムニバス作品。ハンガリーの演劇大学卒であるアティラ氏の理論は、揺るぎないモノがあった。「雄鶏は茶色のマダラです。白はレグホンですから」…これは納得。「ウサギの目は青です。赤い目はありません」…そう?「ピンクは使いません。その色は、アメリカの色です」…これは、東ヨーロッパならではの考えでしょ。さて「三ぶた」は、脚本ナシ・丹下氏の口立てで稽古が始まる。立ち稽古が始まると「はい、そこで君は何て言うの?」「う〜ん、ちょっと違う。こんな風かなぁ」と筋が出来あがってゆく。なかなかにスリリングな仕込みでした。衣装もオーバーオールにバスケットシューズ。(オーバーオールはさすがに暑く、夏には普通のジーンズに変更)…そうそう、わらの家は初演直前まで決まらず、前日になって劇団玄関で「傘」を見た時に「これだ」と思った丹下氏。その傘に布を張り、わら模様を描きました。それから、例によっての徹夜稽古があってからの初演でした。
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2025年02月17日

ウサジイの公演日記#1118

「ももん&カミナリ」は埼玉県志木おやこ劇場さんへ。新東名〜東名を走り、3時間ほどで海老名SAと順調。が、やはり首都高渋谷線は車が多く、止まったり動いたり…。大橋JCTで中央環状線に乗り換え北上。これまたかなりの混雑。板橋JCTで池袋線に乗り換え、ホッと一息の行程でした。外環状線・和光北で下り、〈昔からあるんだろうなぁ〉と思える曲がりくねった道を走る。で、予想通り5時間ほどで宿に到着。その日の夕食は、元劇団員のTさんとご一緒。隣町に住んでいて今回の劇場さんの会員なのだが、明日は本人に公演が入っており観られない…って訳で食事会。(そう、退団後も演劇活動に関わっているのです)
さて翌日、出会った劇場の皆さんはとっても元気。仕込み終わり〜打合せにも20人ほどが集まり、賑やかに進む。会員さんは60〜70人らしいが一般の方に呼びかけ、どうやら100人ほどの集客らしい。すると初めての方が多いわけで、どんな風に観て頂けるか?心配でもある。でなくとも、ホームグラウンド=幼保公演に比べて、劇場公演は緊張感がある。でも、緊張していては客席に伝わってしまう。「フツウ」であるようコントロール!ベルを鳴らしながらの開演…「何?」って顔と、笑いそうな顔が半々という所だろうか。ももんが登場すると会場はすっかり温まる。人形の力はスゴイ!
公演後には昼食交流会。絵本「ももん」人気で選んだが、「カミナリ」に心を揺らしてくださった方が多い…嬉しい。中には「2歳なんですが、カミナリカレーの方に集中していました」といった声も。(最近、保育士さんからも同じような話があり、解明したい件である)それから「この作品は3回目なんですが、子どもの成長によって観方が変化してるような気がする」…最初は5年前らしいから、確かに変わるんでしょうね。
ところで、開演直前に会場内でジイの名を呼ぶ者がいた、しかも愛称で。え?知合い?…記憶をたどると…あぁ知ってる。何度か会ったことのある方でした。最初は30年以上も前の西遊記シリーズだったんじゃないだろうか。その後もこの地域で何度か見て頂いたはず。嬉しい再会でした。
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2025年02月12日

ウサジイの公演日記#1117

演劇が子どもの発達に良い影響をもたらす…学術的にも是とされている話ですが・・・。その日のお芝居が、その子の成長に確かな足跡を残した例に、何度か出会っています。でもそれは、ジイの長い公演生活でも何年かに一回。けれど最近もそんなことがあり、それはジイ達にフィードバックされて、幸せな気分にさせてもらっています。
東濃・土岐市のこども園で「ももん&カミナリ」の日。先生との上演打合せでは「入場が不安・人見知りの子は、予め下見して役者と触れ合ってください」と伝えている。すると衣装替えをした頃に、会場の前に先生と男の子の姿が見える。引き戸を開けて入ろうとしたが、直ぐに廊下に戻ってしまう。初めてのジイ達は警戒すべき存在なのだろう。おさんぽメンバーのCちゃんが「ワンワン」を取り出して見せる。(ワンワン=ウェルカム人形…註・参照)すると急に警戒心を解き、小躍りするように会場に入ってくる。そしてワンワンに近づいたり逃げたり。やがて先生が保育室に帰るよう促すが、そうはゆかない。Cちゃんのワンワンがエスコートして帰って行った。
さて上演。皆が一堂に会する催しには一度も来れなかった彼。上演が始まる頃には会場前に居り、自ら入って来てくれた。「ももん」は完璧に観劇。「カミナリ」は途中、出たり入ったりだったが、恐らく6〜7割は観られたんじゃないだろうか。…そして終演後、先生から感動の報告があった。言葉が遅れている彼。今まで園では「いや!」しか言えなかった。しかしこの日、初めて「はい!」と言ったらしい。先生は「おうむ返し的に言ったんです」「周りの先生もビックリ!」だという。想像するに「ももん」終盤・抱っこされて「た〜たん」と言うももんに「は〜い」と応えた場面じゃないかと思う。・・・なぜ彼がそこで言葉を発したのか?不明だが、何かしら感じるモノがあったのでしょう。先生「お帰りの時に、お母さんに伝えます」と嬉しそうでした。
※註:ウェルカム人形=観客入場時に、時々パフォーマンスする人形など。「ケンムン」ではロボット君、「コンポン」では松ぼっくり三兄弟、「ぐるんぱ」ではコロコロ(円筒形のオブジェ)でした。
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2025年02月10日

ウサジイの公演日記#1116

【ウサジイ昔ばなし】〈129〉・・・雪(補遺)
雪道を走って公演に向かった車中での会話から思い出して・・・最近は雪道に出会わない年もあったりするが、数十年前には年に何度か降雪の日があった。今は心配な時期にスタッドレスタイヤに履き替える。が、その頃はチェーンを乗せてはいるものの、タイヤ交換は貧乏劇団には高嶺の花。11月下旬になると、各班ごとにチェーン装着訓練が行われた。公演地に向かう行程での素早い装着には、複数人の協力が必要。取り分け新人には念入りに教え込まれた。
それから走行テクニックも伝授。ローギアは馬力があり過ぎ、雪道では発進時に空転することがある。セカンド発進、トラックは場合によってはサード発進もあった。急ブレーキが何をもたらすか?公演からの帰り道、広い駐車場でやって見せる。当然後輪が横滑りするのだが、それを感じられるかが重要。タイヤの回転状況を実感できないと危険。…その意味もあって、ジイは長らくМT車にこだわっていた。(AT車・ノーマルタイヤの雪道は恐かったのです)
年に何度か装着することのあったチェーン。2tロングのトラックに巻くのは大変でした。しかも雪が少ないと直ぐに切れる。後輪ダブルタイヤの内側に落ちると取りにくくなる為、多少の雪では装着しない。ワゴン車は平地では、10分もあれば余裕。が、一度奥三河で大変な目に合った。峠に差しかかると、先を走っていたコンビニ配送トラックが引き返してきた。(これは厳しそう)と路肩でチェーンを着けだした。ところが坂道で、しかも凍結している為、ジイ自体が滑って車から離れてしまう。やむなく遠回りのルートを選択した…はずです。
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2025年02月07日

ぶぶふぉと・・・多治見

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今年はないかな〜って
思ってたのに…

※ 多治見市・姫保育園庭にて
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2025年02月06日

ウサジイの公演日記#1115

【ウサジイ昔ばなし】〈128〉・・・ジイの始まり
入団前後のことは話した。ので、もう少し遡って、この役者が出来あがるソモソモを話します。おやこ・子ども劇場さんの交流会等で「何故、劇団に入ったんですか?」と聞かれる。これには「そもそも教師になるべく大学に入った。教壇で表現できるよう人形劇サークルに入った。のに、様々な理由で授業をサボり、卒業できなくなった。で、劇団に流れ着いた」と答える。これはこれで、間違いない。が、人生にはかなり込み入った事情が絡み合っている。
上記人形劇サークルの件は、先に勧誘されていたような気もする。小中学校通して演劇は好きだったので、スルリと入ってしまったのか? 卒業できなくなったわけは、第一には生来の怠け癖。「ま、良いか」の連続が不登校を生み出したのでしょう。あとは、残り火のような学生運動的なモノ…学寮に入り、そこの自治会活動の担い手として、様々飛び回っていた。(数年前にメールで写真を頂いた。学芸自治会(教育学部)の先輩と、国会議員交渉へ行った時のモノ)それから勿論、サークルでの活動。今はなき人形劇団つくしは、多い時は年間50を超えるステージをこなしていた。クリスマス時期には、二手に分かれて土日公演をしていたかと…。・・・なわけで、3年目を迎える頃には卒業が怪しくなり…5年半の間ウダウダとキャンパスに居ったのです。
そんなジイに様々な刺激がありました。(どれも3年生以降だと思いますが)*津子ども劇場さんがプークさんの「バヤヤ王子」を取り組むとて、人形作り講習会を企画。そこに行き、星野毅さんの教えを頂きました。*同じくプークさんの「ゆき」を実行委員会形式で上演する際に、実働部隊に参加。(あなたは学生だから赤字でも関係なし、と言われて)なお現地制作者は松本久さんでした。*映画「同胞」を大学祭で上映。地域に文化を届けるオルガナイザーに魅力を感じた。…等々。サークル員としては3年生で第4回三重県人形劇フェスの実行委員長。鈴鹿や松阪の短大サークルに参加要請に行きました。(三重のフェスを大きくし、愛知に対抗したいという野望アリ)4年生は本来引退するのだが、友人I君と小班を作って上演を続けた。サークル本体から10万円を借りて舞台を作り、公演で稼いで返した。
ナンテやってるうちに二進も三進も行かなくなり、半分ほどプロ志向が芽生える。取り合えず実情を知ろうと、まずプークに行く。対応してくれたのは、最近亡くなられたKoさん。上階の団員サロンで話すと「ん〜、君はプーク向きではないかもしれないねぇ」 次に行ったのは京芸。大学の後輩が入団したばかりで、忘年会にお邪魔した。(それが縁で、劇場ツアーの搬入バイトをさせてもらった) むすび座は以前から知り合いではあったが、事務所・稽古場に行くのは初めて。ところがいきなり「飲も!今日は泊まってけ!」と3人の先輩に拉致され、その夜は泥酔状態。そんな流れで、ここに流れ着いたという訳です。人生って詰まるところ「偶然の産物」だったりする。
なお、入団時の志望は「制作者」志望。サークル仲間に比して役者力は足りないと思っていたし、地域に切り込む活動に魅力を感じていた。が、当時は先ずは役者、その後ゆっくり考えましょう的な環境で…そうこうするうち、ズ〜ッと舞台に立っている。これまた「たまたま」なのですねぇ。
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2025年01月28日

ウサジイの公演日記#1114

岐阜県土岐市のこども園公演が多いこの頃。中仙道の南東を並走する「中馬街道」=R363沿いにある、山あいの小さな園に伺った。隣にあった小学校は合併・廃校となり、流通会社の倉庫になっている。そんな30人にも満たない園だが、到着して搬入開始と同時に、園庭向こうの部屋から「やっほ〜!」の声が聞こえる。勿論こちらも「やっほ〜!」と返す。…早朝登園の子らしい。舞台を仕込んでいると、隣室・年長クラスの先生が「(子ども達が覗くと申訳ない)カーテン閉めましょうか?」ジイ達「いえいえ、大丈夫。準備を見るのも楽しんで貰いたいので」しばらくして、年長さん6名がやって来る。まず自己紹介してくれ、男子がいきなり「コマを回します!」が、その子は敢え無く失敗。しかし、その子「Kちゃんは名人だよ」と女の子を指名。するとそれなりに回った。…我を張らず友を立てる雰囲気にビックリのジイ達。実はその男の子が、「やっほ〜」の子=A君でした。
さて上演は、少人数なりにも盛り上がり…「カミナリ」で爺さんが雷の子の「頂きま〜す」に「チャントしろ‼‼」には、「ほら、こうやって手を合わせて…」と教えてくれる。舞台転換の音楽に合わせて手拍子は、先生主導。…公演後は、クラス別にステージ前に来て、間近で人形などを観察〜の写真撮影。年長クラスには、ジイ達も大盤振る舞いで「ゴロちゃん蓄音機」のレプリカを被ってもらう。それを先生方は撮影。一通り回ると、今度は先生方が大騒ぎで被りだす。そして撮影。ん〜、いい意味で若者グループって感じ。そんな大人達と生活している子ども達は、幸せなんだろうなぁ、と思うジイでした。
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2025年01月26日

ウサジイの公演日記#1113

【ウサジイ昔ばなし】〈127〉・・・舞台監督
劇団の各公演グループには、責任者=班長がいる。小学校公演班には別に舞台監督を置き、複数での運営をしている。ところで舞監というと、上演当日のステージを管理する他、上演作品の創作・質の維持の進行役となる。が、当人の資質によってあり様は異なってくる。ジイは1980年代「悟空誕生」2年目〜「西遊記」2年目の4年間、舞監の任に就いていた。班長のC氏が公演先・外部スタッフの対応にあたり、ジイが稽古関係・舞台設営関係を担当していた。班にはもう一人の先輩=U氏もおり、傍目八目的に足りない部分を助言してくれていた。
ところで当時は、子ども・おやこ劇場全盛期で、1ヵ月ほどの旅公演が多かった。寝起きを共にする長丁場の旅公演。その頃は旅館が多く、大部屋で文字通りトモニしていた。上演に際しては常に新鮮であろうとは思っていても、生活環境的に「慣れ」は発生してしまいがち。そこで舞監のジイは、旅に出る際に「ネタ」を幾つか仕込んでいた。…それは…チョット狡いやり方ですが、いつもとは違う状況を人為的に起こすと云うモノ。例えば…「西遊記」で、既に出番の終わった白馬を登場させ、悟空に対峙させる。(後半に数分、ジイの手が空く時間があったのでしょう)⇒周囲の役者は驚いたようでしたが、肝心の悟空役=C氏には「お前の出番は終わったんだよ!」と一喝されてしまった。役者が一枚上でした。
役者集団自体も新鮮さを欲していたのか(?)・・・佐賀県多久市での上演時、「ったく〜」が連呼された。各自が自分の台詞のどこで使えるか考え、それとなく発していたと記憶してます。そのツアー・別公演では「ドモリ」のオンパレード。事の発端はある役者が台詞を噛んでしまった。その後、自然発生的にチョットずつ嚙みがちにドモルが始まった。ただ一人終盤までソレのなかった先輩=U氏は、大団円となる筋斗雲の投げ手。悟空の「お〜い、筋斗雲〜!」に呼応して「お、お、お〜!」いや、そこでやるとは参りました。
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2025年01月16日

ウサジイの公演日記#1112

幼保公演の依頼は各園から来るわけで、行政の取りまとめでなければ自治体単位で右ならえ!となるはずはない。が過去、幾つかの自治体で、公演減少から急速に皆無となった事例がある。他の劇団に移ったのか?…東濃・土岐市の場合はちょっと違う、と云うかちょっと分からない。ジイが入団した頃、かなりの園で上演していた。(その頃、園のバザーで購入した丼ぶり=¥20は、今もジイのラーメン用です)けれど、その数年後には土岐市の公演は無くなっていた。当市にはむすび座にいた方の劇団があり、その方曰く「うちの市じゃ人形劇やらないんで、市役所に怒鳴り込んだの。でもナシノツブテ」という訳で、諦めていた。ところが今年、夏ころにオファーがあり、ジイ達が市内全園を巡演することになった。
やや「ドウユコト?」的な感じで、最初の園に伺う。今まで観劇していなかったような感じではない。話を聞くと…「何年も前から市が取りまとめている。劇団は市が決めて各園に紹介する」あまり詳しくは聞けなかったが、どうやらこの地域以外の劇団もあったもよう。…公演後、衣装洗濯のために園の洗濯機を貸して欲しいと言われたとのこと。(ん〜、それは劇団としてどうでしょう?)
さて公演、「ももん」冒頭から大盛り上がり。笑いの間隙をぬってのお芝居でした。そんな園に限って「カミナリ」では、集中度が高い。後から先生に聞いた話「年少さんもお爺さんの気持ちを判っていたみたい。チョット涙ぐんでいました」…極めつけは主任先生。終演後、何人かに感想を聞いた。直後「私も感想が言いたい」と挙手。「もう感動しました!お爺ちゃんの寂しそうな姿、戻って来た雷ちゃん。泣けちゃった」と、周りの子ども達など目に入らぬ様な勢いで伝えてくださった。ジイ達「先生のような大人がいるから、子ども達も感性豊かになるんですよ」・・・いや、本当にそう思えるステージでした。
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2025年01月02日

ぶぶふぉと・・・アケオメ

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後ろの輪っかは、茅の輪っていうの。
くぐると、良いことあるんだって。

※ 鈴鹿市・都波岐奈加等神社にて
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2024年12月28日

ウサジイの公演日記#1111

日間賀島の保育園で「ももん&カミナリ」:島は愛知県に三つある有人島の一つ、知多半島先端の師崎港からフェリーで20分の所に浮かんでる。劇団には数年前よりオファーがあり、何度かうかがってはいる。ジイは初めて…チョット嬉しい。船便ゆえ余裕をみての出発、小一時間で港着。名古屋鉄道が経営する小規模な船便なので、埠頭には係員不在。4〜5台並ぶ車列に付き、前の車の方を追いターミナル(?)=発券所へ行く。ジイ達の後ろには郵便局の車、そして黒猫@@@のトラック等。どれもギリで来て、のんびりと発券してくる。乗る方も乗せる方も顔見知りっぽい感じの船でした。
島の道路の状況に不案内で、事前にウェブ地図をプリントしておいた。が、想定以上の複雑さで旧集落へ突入。先は車両走行不可の幅。戻るための切り返しにアタフタする始末。何とかたどり着いた園は、島のてっぺんにありました。先生方は、1名を除き島外からの通勤。師崎港から高速船で通っているという。欠航の場合は、港待機らしい。辛うじて島在住の方が1名いました。開演前に保育室からの声が聞こえてくる。「今日は観劇会です。荷物を積んだ車で、海を渡って来てくれたんだよ」…「ももん」の橋の場面、下に流れる川が表現されているのだが、それが出た瞬間「あ、海だ!」さすがは海の子でした。因みに、終演後バラシ最中、12時になり役場支所から流れてくる音楽は「我は海の子(?)」でした。
撤収後、蛸が名物の島で豪華な昼食を!と意気込んでみたのに、ほとんどの食堂が休店。一番賑わってるはずの西港で会ったおっちゃんが「東港の###しか開いてないぞ」そちらに行くと、席待ちが30分。帰りのフェリーギリギリで何とかご飯ゲットでした。・・・リベンジしたい所です。
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2024年12月26日

ウサジイの公演日記#1110

おかげさまで、おさんぽ劇場は年末まで大忙し。「ももん&カミナリ」が名古屋市内の幼稚園と保育園で続いた。どちらも小さな子も最後まで観てくれた。先生方が(観るの、当り前でしょ)的な感じで、(小さな子は心配だから、中入りで退出…)なんて言わない。そんな雰囲気が良かったのかも。無理だったら、その時に対応してくれれば良いのです、ジイ達は。(お芝居途中の退場もアリです)
「ももん」は頭から大笑い。尺取虫が登場すると「可愛い」と「気持ち悪い」が半々の反応。そのうち「気持ち悪いけど…可愛い」の声も聞こえる。笑いを堪えたのは「私、芋虫の事典持ってる!」…昆虫の図鑑なのでしょうか?そして、ももんちゃんが尺取虫の真似をすると「あ、一匹増えた!」年長さんの台詞はさすが余裕です。そして、ももんちゃんと共に走る子も何人か。走ると云っても、客席で立ちあがり、足踏みしてるんですけど…。
「カミナリ」では、爺さんにたくさん声を掛けてもらった。2歳さんの男の子が、様々な忠告をしてくれる。彼にとって、爺さんなのだが年下に見えているようでした。驚いたのは「謝っていない!」。蓄音機を壊された爺さんが怒り、雷ゴロちゃんのお母さんが迎えに来て、雲の上に帰って行く時、その発言が聞こえてきた。今までも「げきみてトーク」(=合評新方式)等で話題になった「雷親子は謝罪したか?」問題。上演時に声が出たのは初めてのことです。発言した子の環境に興味津々です。常々、親御さんから忠告されているのかな?
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2024年12月25日

ぶぶふぉと・・・日間賀島

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ぷっくり感と色の傾向が似てる。
なんか親近感。

※ 日間賀西港・近くにて
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2024年12月18日

ウサジイの公演日記#1109

愛知県北部・岩倉市の保育園で「ももん&カミナリ」。おさんぽ劇場は3年連続、しかも「ももん」3回目(「ともだちや」も2回)のお得意さま。園は市街地から少し外れた、田園の中にポツンと建っている。園舎は旧いが、その分なんとなく落ち着いた雰囲気がある。そんな園の、楽しい子と頼りがいある男性園長の話です。園舎はL字で、片方に遊戯室・職員室・給食室・乳児室と並んでいる。もう一方の枝には3歳以上児の3部屋が並ぶ。仕込み終わりテラスに出ると、給食室の前で調理員さんと話すA君。どうやら今日のおやつに関して質問しているようだ。話終わりの彼に聞くと、おやつは人参ケーキだと云う。彼にクラス名を問い、案内を請う。連れだってくま組へ行き、先生に事の成り行きを話すと「Aちゃんは大きいから、午前のおやつは無いのにねぇ」と笑ってました。…のんびりした園なんです。
しばらくの後、上演会場前に加配の先生と共にR君がやって来た。飾ってあるウェルカムボードに興味津々。メンバーCちゃんとジイの似顔も描かれている。それを指差し(実際に突っついて黒板のチョークを消してしまったのだが)「ばあちゃん、笑ってる」「ジイちゃんは?」と問うと「怒ってる」…ふ〜ん、そんな風に見えたんだ。…やがて入場。この日は開演前に誕生会。12月生まれの子達が、みんなの前に並んでお祝いしてもらう。「@@ちゃ〜ん!」と呼ばれた子は「は〜い」と応え、新しい年齢での抱負を述べる。一通り終わった頃、R君が怒りだした。司会の先生か持っていたマイクを奪い、泣き出した。先生方の対応で何とか収まったが、どうしたのかな?と謎は残り、お芝居が始まった。上演中はR君、とても集中して観てくれた。「カミナリ」では「爺ちゃん、こっち来て」と極めてフレンドリーでした。
終演後に園長先生とのミニ茶話会。誕生会での騒動を説明してくれました。R君は誕生月ではなかったが、自分も名前を呼んで貰いたかった。それで暴れ、泣いたのだった。先生方は、一度許すと毎月同じことが起こると阻止した。園長先生は「僕は呼んであげればいいと思うんです、毎月の事になったって。だって、誰に害を成すわけでもないでしょう?」「そんな事について、職員がじっくり話し合える時間がとれると良いのですが…」そして「彼はアンテナの張り方がチョット変わっている。でも、周りの状況にはとても敏感なんです」・・・R君、良い園に行けて良かったなぁ。
posted by むすび座メンバー at 17:24| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年12月17日

ウサジイの公演日記#1108

諸々の事情で、秋から年度一杯は「ももん&カミナリ」のみの公演が続いている。もう何年間も2〜3作品を持って巡演していたので、同じ作品での半年近くはどんな感じだろう?とは思っていた。が、意外に新鮮な日々が続いている。園の雰囲気・子ども達の状況などが違うと、それなりに間合いや強弱が変わってくる。それから…初演から7年も経っているにも拘らず、新しいハッケンまである。例えば「カミナリ」ラスト・爺さんゴロちゃんと再会の場面。「蓄音機?…音楽が聴けるのか?」の台詞。極めて普通に問うていたが、演出からもメンバーからも苦情はなかった。が、考えてみれば段ボールのおもちゃで音楽が聴けるわけがない…を、やっとのことで気づき、台詞の心根を変更した。遅すぎた気づきだが、ジイにとっては嬉しい変更だった。
そんなある日、市内の児童館での公演。名古屋市は、10年ほど前に児童館を指定管理にした。最初は違和感もあったが、受託者が社会福祉協議会だったこともあり、熱心に運営されている。しかし予算がない!ので、人形劇の公演はほとんどなくなってしまった。(今回はNPO法人の助力があったようです)・・・で今回だが、なんと0〜2歳さんの親子が対象の企画だという。「ももん」に惹かれてのことだろうか?とやや心配で到着。作品の理想対象年齢を伝え、「時間的に無理であれば、気兼ねなく一旦退出をと伝えてください」と話す。が…結果、ほぼ全員が最後まで観劇。と云うのも、恐らく親御さんが楽しんでご覧になっていたから(?)、子どもは親の心境に影響されますから…。
そんな中、ジイ達を震撼させたのは小さなトナカイさん。開場一番で入場してきた母子…の子=女の子・2歳。季節がらトナカイデザインのツナギを着ている。開演前のパフォーマンスとして、乳児さん向けの「コロコロ」=短い円筒形のおもちゃを転がしていると、トコトコやって来て取られてしまった。まぁそれは後から返してもらうとして、入場してくる方々に対応する。さて開演、児童館のスタッフさんには「小さな子が少しくらい歩き回っても大丈夫。ただ、照明など倒れる危険だけは注意してくださいと伝える。で、上下の前方にスタッフ待機。ところが例のトナカイさんは、それをかい潜って舞台へ突入!二度ほどスタッフさんが戻してくれた。芝居中の舞台転換時にやって来た時には、ジイ自ら抱っこして戻ってもらいました。・・・自由にしたい面もあり、客席全体を考える面もあり、難しいところです。
posted by むすび座メンバー at 17:58| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする