2024年04月22日

ウサジイの公演日記#1062

4月は公演がほとんどない。幼保・小学校では新年度が始まったばかりで、それどころではないからだ。そんな中、劇団が声楽のレッスンでお世話になっている方よりの依頼があって「ともだちや」の公演。その方が指導されているコーラスグループや声楽教室の発表会での上演です。同じステージを使うため、舞台の仕込みバラシにかける時間が極めてタイトになる。準備は中入りの休憩時間なので、10分ほどある。が、撤収はMCが繋いでいる間の2〜3分で済ませなければならない。…数日前に段取りを決める。幕類は最低限、パンチカーペットは使用せずバミリのみ。当日会場入り後、道具類の移動をリハーサルする。あとは本番次第…が、そんな時に限ってセットの配置を間違える。いつもとルーティーンが違うと、思わぬ落とし穴が待ち構えているという訳だ。その件について小声で確認し、(説明が難しいんですが)何とか乗り切りました。(※バミリ=舞台上にテープなどで付ける印。場を見る、に由来)
この日はジイ達の他に、もう一人のゲスト・ピアニストのI氏。声楽のE先生とは旧知の間柄、是非伴奏を!と依頼されたという。楽屋で話していると、意外なことが判明。劇団創立者・丹下氏を良く知っており、ジイとは同年代のフォークグループ代表者とも親交がある。初めてお会いしたのに、懐かしい感じがした。
この日は、午前中のリハーサルでほとんどの方の歌声を聴いた。自分たちの上演後には、本番の声も聴いた。そこで感じたこと・・・パーフェクトな歌声よりも、こちらが聴こう思えるような歌が良いなぁ。…人形劇にも同じようなことが言えると思うんですが。
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2024年04月19日

ウサジイの公演日記#1061

【ウサジイ昔ばなし】〈122〉・・・劇団総会これも
劇団総会では総括・方針の他に、役員の改選もする。二役=代表・運営委員長は、選挙投票で選出。(以前は事務局長を含めて三役であったが、部署改変に伴い発展的消滅)運営委員は、各部署内で互選された者を総会の場で承認する。委員の構成人数も時代と共に変わってきた。ジイが初めて委員になった時は、代表・事務局長・制作部・幼保3班・小学校1班の7名。(委員長は幼保班選出者と重複)班の構成人数に比例すべきとの考えから、各幼保班1名・小学校班3名の年もあった。部署代表ではなく全体から選び、各部署・班とのパイプは別に考えた年もあった。いずれもうまく機能せず、一年きりで戻ったと記憶している。十数年ほど前からは、部署の重要性から制作部選出を2名としている。
また、必要があれば規約の改正も行う。ジイが委員に就いている時期に関わった(草案を作った)うち、大きなモノは二つある。ひとつは「規約前文」元来、規約に前文などなかった。あったのは「綱領」=劇団を取り巻く情勢・それに対する基本的な考え・歩むべき道などを記した文章です。かなりの量があり、しかも難しい言葉が並んでいた。「行動綱領」なるモノも付記されていた。これは綱領を実践するための具体的な方法を説いたもの。1967年創立当時に作られたと思われ、見直しをした90年代後半では情勢も変わり、劇団員の感覚も変化していた。そこでこれらを超簡潔に平易な言葉に変え、それを規約の冒頭に付けることとした。もう一つは給与に関する細則。2000年代に入って、財政が大きな赤字を出す年度があった。すぐに持ち直す展望もなく、まずは給与の見直しをしようとなる。諸手当ての見直しは、全劇団員への平等が基本。その上で、部署希望の多寡・出産時の負担などを考慮して変更した。給与を自ら決めている集団だが、生活に直結する事案は難しいものだ。
因みに大昔・1980年代は、みな若く体力があったためか、議論が白熱すると25〜26時頃まで会議をしていた。また、机上には幾つか灰皿が並んでいた。…時代である。
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2024年04月18日

ウサジイの公演日記#1060

【ウサジイ昔ばなし】〈121〉・・・劇団総会
第55期劇団総会が開催された。計算上、創立2年間ほどは総会がなかったようだ。2人っきりの集団だったのだから、必要はなかったに違いない。が、その後間もなく開催されたのでしょう。というのは…「総会」と呼ぶには恥ずかしいような(?)少人数であったとしても、集団の運営をチャントしようと考える2人だったと思うのです。創立者の2人はそれぞれに違ったキャラでしたが、その辺りでは同じ感覚を持っていました。
で、その総会…今は春に中間総会2日間・秋〜冬に財政総会1日を行っている。これはかなり最近(?)のことで、劇団の決算時期・8月変更に伴ってのこと。この変更は、収入の減る1学期の結果をみて決算した方が得策との判断からです。それ以前は、春=4月に3日間行っていた。3日と云っても、ジイが入団した頃はかなり長かった。始まるのは10時頃だが、終わりは20〜21時。他の会議・レッスンもその時間までやっていたから、自然とそうなっていた。それから何かにつけて紛糾し、ひとつの争点が1時間で終わらないことも…。劇団員の大半が20歳台であったがゆえか?口喧嘩のような状況もあったような…。
議案書は基調報告の国際情勢・国内情勢・文化をめぐる情勢・等々から始まり、各部署等の総括・方針、続いて「個人総括」が載っていた。これは各自が一年間を振り返り、来たる一年への決意・目標を書くモノ。あんまり大口をたたくと、翌年に反省することが多くなる。印刷は、さすがにガリ版ではなかったが、もちろんワープロさえない時代。手書きの原稿を何かしらの機械で原紙にし、輪転機で印刷していたように記憶している。それが間に合わない者は、湿式コピー(通称「青刷り」)を使用した。手書き故、クセツヨな字は読解に苦しむことしばしば。
あと、「賞」を設定した時期があった。前年の活動が突出していた個人・部署等に対して、賞状と金一封(だったかな?)が与えられた。それから議場の形だが、今は机をロの字に並べている。一時期、運営委員とその他が対面した…団体交渉の様な並びもあった。
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2024年04月15日

ウサジイの公演日記#1059

【ウサジイ昔ばなし】〈120〉・・・ピンチ…かな?
前#1058にて話した事前交流会の際に「公演活動していて、とってもピンチだったコトは?」という質問が出た。「沢山ありすぎて、どれを話せば…」と切り出し、【昔ばなし】初期に書いた照明・音響のアクシデントや、食あたりの経験を話した。その帰途、ピンチだった件について考えを巡らせると、ジイ自身の体に関しては次のような事があったかなぁ。(その昔「骨折と伝染病以外では公演に穴を開けるな」と言われ、発熱など多少の不具合は忘れている)
*数か月前にインフルエンザに罹ったジイだが、実は以前にも罹っていたかもしれない。多分30歳代だったと思うが、急な発熱があった。微熱どころではなく、さすがに病院へ行った。診察した医師曰く「インフルエンザかもしれません。検査しても良いんですが、結果が出るころには特効薬の効き具合が減ります。可能性を考えて、薬を飲みましょうか」今は1時間程で検査結果が判明するが、当時はもう少し時間がかかったのだろうか?ともあれ薬のおかげか、翌日にはかなり熱が引き、公演にも行けた。インフルだと判明してたらアウトだったのだろうか。 *2000年代、工作中にカッターナイフで指を切った。何度かあるナイフ怪我のうち、かなり深いモノで、しかも親指。縫いはしなかったが包帯でグルグル巻き、相当な太さになった。翌日の公演、「まっくろネリノ」では両手で人形を遣う。いつもは親指と人差指で掴む操作棒、一つずらして人差指×中指での操作となった。ま、人形劇では両手を使う場合が多いんですが…。その時思ったのは「ギニョール=手遣い人形じゃなくて良かった!この太さじゃ入らないもの」 *(昔話ではなく)最近では加齢によるものか?何度か、ひどいヒザ関節痛にあっている。我慢すれば歩行はできるので、出遣いの作品は何とかなる。とは云うものの、ピンチな箇所もある。「カミナリカレー」では雷の子から逃げる場面。小走りになるため、それなりに負荷がかかる。痛みが走ってカクッと膝が折れ、倒れそうになった。(爺さん役だから迫真の演技?)「ともだちや」では人形から離れてしゃがむことがあるが、立位〜座位の途中が耐えられない。小さな箱の後ろでの行為ゆえ、半分見えており変な体勢は恥ずかしいのだが…前屈して手を着き、膝への負荷を減らしてからの座位。・・・等々、思い出すと出てくるなぁ。
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2024年04月08日

ウサジイの公演日記#1058

おやこ子ども劇場さんの活動の一つである鑑賞例会=演劇や音楽を鑑賞する会です。その例会を迎える前に「事前交流会」を行う場合がある。創造団体は上演内容や作品への想い、自分たちの考え方などを話す。観る(予定の)方々は期待を膨らませ、より深い鑑賞の素地ができる…のかな?また例会に向けて、劇場の仲間を増やす力にもなる。ジイは例会での公演は数多くやってきたが、「事前」に赴いたのは数えるほど。日々の上演があるため、日程が空いていないからだ。…が、この度、4月ゆえ公演がないため、来月に向けての「事前」に行くこととなった。行く先は大分市。(因みに同じ日程で、おさんぽ劇場メンバーCちゃんは、飯塚市・大牟田市へ)いつもは車だが、今回は列車移動。何だか勝手が違い、妙な緊張感がある。夕方到着すると、翌日からの2日4会場での進行等に関して打合せ。ジイの案も入れて頂き、役者自己紹介・原作紹介(〜クイズ)・簡単人形作り・作品や役者などの関しての質問・人形への質問コーナー…という流れとなった。〜終わってみると反省部分も多々あるが、そこそこ楽しんでもらえたかな?いわゆる本業とはちょっと違うんで、変な緊張感からくる疲労が残ります。
さて、最後のコーナー「オオカミさんに聞いてみよう!」は、ジイ演ずる人形・オオカミに質問する。何でも良い!というと、子ども達は嬉々として聞いてくる。人形作りワークショップでは話しかけても固まっていた子も、手を挙げてくれる。人形のチカラには敵わない。で、こんな質疑応答・・・*「好きな食べ物は何ですか?」⇒「ウインナー!俺、自分で作るの。肉屋で挽肉買って来てさ。あと野菜も食べるよ。人参とか玉ねぎとかでカレー作るの。カミナリカレーのレシピ知ってるから」 *「夜トイレに行く時、恐くない?」⇒「俺の家、一軒家なんだけど、部屋が一つだけなんだ。おしっこは、裏の方に行って、そこの木の根っこ辺りにするの。恐くなんかないよ」 *「なんで青いんですか?」⇒「あのね『蒼き狼』って知ってる?モンゴルっていう国の、昔の偉い人。とっても強いんだ。だから俺も強くなりたくて、青い色を塗ったの。取れなくなっちゃった」 *大人から「昔ばなしでは狼は悪者ですが、どう思われます?」⇒「あ〜あれね。本当は人間なんだぜ、悪いことしたのは。でも、それじゃ色々と都合が悪いってんで、まぁ魔女狩りって言うのかな。狼が悪者にされたったわけ」…即興芝居はやっていても楽しいモノでした。
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2024年04月01日

ウサジイの公演日記#1057

年度末ギリ、3月31日の公演は珍しい。この時期は花祭りでの上演が多いのですが、今回は大阪市淀川区の劇場公演です。1週間ほど前に来た尼崎とは、神崎川をはさんでお隣さん。ところが言葉の雰囲気が全く違う。名古屋の人間からすると「同じ関西」なのに何故?…尼崎では、思ったほど関西アクセントが感じられなかった。淀川はと云えば、いわゆるコテコテの大阪弁!(良い意味で言ってるんですよ)まぁ冷静に考えれば、府県が違う。それぞれに府県の気質と云うものがあるのだろう。…で、その大阪のおばちゃん(お姉ちゃんも?)の賑やかな会話をBGMに、舞台を仕込む。なかなかに心地よい。
この日の公演は「アートスタート」と銘打った企画。昨年より、講演会(乳幼児と舞台鑑賞)・乳児向けの人形劇・そして今回のジイ達。おやこ劇場以外の方もお招きしての企画らしい。某私鉄からの助成金と、会場を提供してくださったお寺の協力で成り立っている。という訳で、初めて観劇する子も相当数いる。どんな反応か?かなりドキドキでの開演。大盛り上がりとはいかないが、50分間集中が途切れない客席でした。あ、幕あいのシーソーでは可愛い声が飛び交いました。
終演・撤収後に、おやこ劇場のベテランを中心に10名以上の方と昼食交流会。作品の感想や、観ていた子たちに関することなど…どの方も積極的と云うか、歯に衣着せぬ会話が続きました。「それはそうやで。でもな、私は好きやないなぁ」から始まって、嚙み合っているのか不明な会話も時々。終わってみれば、実に濃い〜90分間。様々な感じ方があるものだと、ジイ達にとっては有難い言葉を頂きました。
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